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ゼロ・グラヴィティ







3D映画の一番の利点とは、「体感」出来るところにある。
今回見た「ゼロ・グラヴィティ」という作品でその利点は如何なく発揮されていた。

 この監督、アルフォンソ・キュアロンの演出の特徴として「長回し」があるのだが、長回しや、POV(一人称視点)、照明、すべての演出がまるで現実を見ているかのような効果を出していた。
 映画を見に行ったという感覚よりも、実際に宇宙に行き、地球へと戻った故に今この大地を踏みしめているような感覚がある。
 
 今や、様々な鑑賞形態があり、短編映画上映や、中編映画上映とともにパッケージ版の同時発売、ライブビューイング等もあり一概には言えないのだが、劇場作品はその劇場で体感できるものでなければならないというのが自分の考えだ。劇場公開作品の前提であるとも言える。
 その場に見に行かなくてもいいのであれば、DVDを借りて家で見ればいい。
 この「ゼロ・グラヴィティ」は劇場で体感することの大切さを今一度教えてくれた。

 本来劇場作品とは、劇場で観客同士がショーさながら、映像に驚き、話に涙し、素晴らしさに拍手で称える“舞台”である。
 感情の発露を感じ、共有する場であったはずの映画館が今では、整備された区画の中で鑑賞するだけの箱になっているように感じる。
 その中では今日においても、コメディというジャンルは体感し、共有できる場が存在するのではなかろうか。
 海外の作品であっても、同じ部分で笑い、その劇場内で一体感が生まれる。
 そういった一度限りの公演の雰囲気は今の映画館では貴重といえる。
こういった劇場内の空気は子供向け作品等を見ている時にも味わえるが、子供向け作品では、劇中のキャラクターが画面のこちら側に受かって呼びかけを行う等のメタ構造を孕んだ構成になっているあたり、未だに劇場としての上映スタイルが生きている場なのだと感じる。
 しかし、大半のものは、映像を集中して感じる場所、としての機能を果たしている作品が多いのは確かだ。映画という上映形態の移り変わりを考えればそれも致し方ないことだが、せめてこの場でしか体感できないものが欲しいと思わずにはいられない。
 
 そういった今日の劇場作品の中で劇場に見に行ってよかったと確信できたことは僥倖であった。
 3Dの利点がここまで活きた作品も珍しい。船内の描写で空中に浮いている部品や私物、水滴などを立体的に、感じることが出来るのとそうでないのとでは体感に大きな差が生まれる。
 その現実感を増す手助けをしていたのが長回しと、そのカメラワークにある。
 船内を進む人物をカメラがずっと追っていくのだが、すべてワンカットで処理されている。このワンカットをするために新しい照明装置を制作し、カメラにもこの作品のために新しくギミックを施したという。
 POVを主に使用する作品の代表例といえばフェイクドキュメンタリー(モキュメンタリー)である。実際に起こった事実かのようにフィクションのドキュメンタリーを撮影する作品において、POV視点でのビデオカメラでの撮影は最もわかりやすく視聴者にドキュメンタリーだと錯覚させられるからだ。それはその画面に映っている事象が全て本物であるという実感を持たせるための仕組みなのだが、同じ方法論でこの作品は撮られている。
 しかし、ビデオカメラを持って映像を撮る、という安易なカットを全く選ばない点に好感が持てる。その点で言えば、この作品はドキュメンタリーのようで劇映画とも言いがたい。枠組みとしてはストーリーのある作劇映画ではあるのだが、その撮影方法がほとんど人為的な素振りを見せないところがこの作品の立ち位置を一つ上の領域まで押し上げているように感じた。ストーリー映画の枠に収まらない、“体験”と称したのはここに起因する。
 一つだけ言うとすれば、水中から立ち上がる人間をフォローしながら撮っていくカットで画面に水滴がついていたこと。このカットで全てが台無しになってしまうように感じた。いわば、カメラとは神の視点。映像の中とは互いに不可侵であるというのが通常作品においての大原則だ。その部分を「水滴がカメラに付く」という流行りのカットのみで破壊するのは非常に残念である。カメラがそこには存在し、撮影している人間がいるということを観ている側に意識させてしまう意図はなんなのか。そこまで積み上げてきたものを最後の最後で崩してしまったことに無念さを感じずに入られない。もしかしたら1番最後のカットだから、この作品が現実ではない、フィクションだ、と制作サイドがわざとバラすことによって現実ではこうはうまくいかない、というメッセージを伝えたかったのかもしれない。宇宙空間までが現実で地球に戻ってきてからがifの世界という見方もあるだろう。ただ、最後のカットがあってこそ、この映画は完成される。そういう意図があってほしいと願わずにはいられない。

 そうとはいえ、この作品は総合的に見れば間違いなく、「見た方がいい」部類の素晴らしい作品である。手に汗握る展開の連続、体験できる映画。きっと見終えた頃には誰かとこの体験を共に分かち合いたいと思うはずだ。友人を連れて、家族を連れて、是非とも宇宙旅行へと旅立っていただきたい。

おわり
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